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ランニングで頭がよくなる


本書のタイトルになっているランニングで頭がよくなるという根拠ですが、今まで書いた通りシナプスの活動をよくするというのが頭がよくなる上で大切なようですが、1982年にテーネンという学者が発見したBDNFという物質で、これが脳の中の神経細胞が成長し、新たなシナプスを作るということが明らかになったみたいです。

ちなみに、ここでいう頭のよいというのは単に記憶力がよいというようなことではなく、
人は計画を立てたり問題を解いたり、考えたりするという高度な知的活動をしている。そのような知的活動の基礎になる重要な能力がワーキングメモリーだ。それを担う前頭連合野の機能がなければ、私たちの日常生活は成り立たない。(P.154より)
ということのようで、人間の知的生産活動において、脳の前頭連合野の領域がきちんと活動しているかどうかというのが重要なようで、ランニングによって、前頭連合野の動きが活発になるというのが結論のようです。

脳細胞は一定の年齢を超えると、その後は徐々に死滅するというのが定説っぽいですが、脳細胞の数が多いからといって、頭がいいとは限らないそうで、それよりも重要なのは脳の中にあるシナプス回路がよりよく動く状態にあることが大切なようで
五感で何かを感じたり記憶したりする知的活動、体を動かす肉体運動など、すべてはシナプス回路の網の目の刺激伝達の結果なのだ。(P.75より)
ということからも、いかにしてこのシナプスの動きを良くするかというのがむしろ、重要なようで、これは以前に読んだ脳関係の本でもたしか書かれていたように思っていてこのエントリの方法記憶とかにちょっと関連がありそう。

最近の脳の研究の結果によると、例えば脳梗塞で手足の麻痺が残った場合に、リハビリで脳の中でどのような変化が生じているのかもわかるそうだし、逆にいえば体のある部分を動かさないとそこを動かす脳の領域が縮小してしまうということもあるみたいです。

ブログ書きながらふと思ったのが、最近の子供の運動能力の低下という記事がたまに出ると思いますが、こういう脳の活動という部分と照らし合わせて考えると、一定の決まりきったパターンの行動しか行っていない結果、脳の一部の領域を除き、基本的にはあまりシナプスの動きがよくない状況になっているためなのかなぁと思います。

自分たちが子供の時はテレビゲームが流行りだす前後くらいなので、近所のマンションとかでみんなで集まってどろけい(人によってはけいどろかな?)とかの遊びをその場その場のメンツに応じて色々とルール変更したりしながら遊んだ記憶があるけど、自分たちでルール作りながら実際にカラダを動かすという行動がシナプスの動きを良くしていたのでしょうかね。

走れば確実に頭がよくなるわけではないと思いますが、もしかしたらそんな効果が副次的に得られるかもしれないと思いながら走ることで長続きするかもしれないのと、何よりも走ったあとに、得られる「爽快感」は気分的にスッキリしてなんかリフレッシュされた感じになるので、そういう部分だけでもランニングを続けてもよいのかもしれないですね。
ランニングで頭がよくなる
久保田 競
ベストセラーズ (2003/04)
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by h5y1m141 | 2007-10-28 21:30 | 読書メモ

日本人の足を速くする

ランニング関係の話題が、我が家のブームになっていますが、会社の同僚からハードル選手として有名な為末選手が書いた日本人の足を速くする (新潮新書 213)を借りて、ちょっと緩めな本を読みたかったのですぐに読み終わって感じたのは、あれだけの結果を出しているだけあって色々と頭を使っているなぁというのが正直な感想。

1つ例にすると、2005年の8月のヘルシンキでの世界陸上を終えてからの約500日間もの間、ハードル選手なのに、ハードルの練習を行わなかったそうなのですが、狙いが3つあったそうで

1.スピード強化
2.精神的落差
3.忘却効果

1.は言葉そのままなので、説明不要だと思うのですが、2.は何かというと、自分の狙っているレースに向けてピークに持っていくために、一度完全にリラックス状態にもっていき、その後極限まで張りつめた状態にもっていけることを狙っているそうです。

個人的には最後の3.の忘却効果というのが興味深いなぁと感じたので、どんなことなのかを本書から抜粋すると
継続的に技術を刷り込ませた事柄から一定期間離れ、その後で取り組み直すと、余計なものが省かれてアプローチがシンプルになり、以前よりもよくなる、という効果です。(P.145より)


本書でも書かれていたのですが、元々為末選手は、ハードルを跳ぶということについては、最初から自分のイメージができていたそうで、この部分についてはほとんどもう手を尽くしたというのが自分であったために、他に改善できる所を自分なりに探した結果みたいですが、とはいえ、これだけ思い切ったことができた秘訣はずばり
現状維持でいいのなら、そんな冒険をすることはありません。しかし、私が望んでいるのは現状維持ではなく、「昨日より速い自分」なのです。(P.146より)
とあり、特定のレース(大阪の世界陸上と北京オリンピック)で勝つための取り組みのようです。

残念ながら、世界陸上の結果は芳しくなく、最初の1つめで足をひっかけてしまったそうですが、この本を読み終えてこのレース展開を見ると、予想しないようなことが最初に起こってしまったみたいですね。

というのも、元々為末選手は、最初からトップスピードに乗って途中まではそれを維持して最後は失速するけどなんとか勝つというようなレース展開をするために、400mハードルの場合最初のハードルまで21歩、そこから5つ目までが13歩、6つ目と7つ目の間が14歩、ラスト10台目までが15歩...と一定の歩幅になるような足運びをする戦略をしてきたようなので、最初のハードルに足をひっかけるとなると、その後立て直すのがかなり難しかったのでしょうね。 次の北京では、自分の思ったような展開でレースが進めばきっと良い結果が出るでしょうから、がんばってほしいですね
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by h5y1m141 | 2007-10-22 22:04 | 読書メモ

ビッグイシュー突破する人びと


a0033832_2024350.jpgこの前読み終わった現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 の関連書籍というわけではないのですが、たまたま図書館のオススメコーナーに置いてあったので、借りたビッグイシュー突破する人びと―社会的企業としての挑戦ですが、ビッグイシュー自体は、前の会社の近くで販売しているのを見かけたことがあったので、存在自体は一応知っていたのですが、それがどのようにして成り立っているのかは、正直この本を読むまでは知らなかったのですが、元々はロンドンで誕生したものらしく、1991年に当時社会問題化していたホームレスの問題について、ビジネスの手法で解決するために一事業家によって作られたものだそうで、メル・ヤングという人物が創刊したそうです。

ただ、最初からメル・ヤングが日本語の創刊に関わっていたというのではなく、社会問題を市民の手で解決する方法を探るようなNPO法人に参画していた水越洋子さんが、たまたま世界中で活躍するソーシャルアントレプレナーの特集記事を見ていたのがきっかけで、単身メルヤングの元に行き、そこで直接話を聞いたことがきっかけで創刊にいたったそうです。

とはいえ、この水越さん自身が過去に本の編集経験があるわけでもなく、周囲の人達の中にも編集経験がある人がいたわけでは無い上に、日本語版のビッグイシュー創刊する頃には時代背景的に、フリーペーパーがかなり浸透していた状況で、ただでさえ一般の雑誌も販売に苦戦している中で、200円程度の価格とはいえ、売れるはずが無いという周囲の声もあり、しかも、当初の予想ではビッグイシューの販売員になりたいというホームレスの方が殺到するという読みがあったそうですが、これももろくも崩れさるという出発時点で数々の不安要素がある状況だったそうです

そんな状況ではあったけど、
私は、実際にロンドンやスコットランドでビッグイシューが成功している光景を見ていたので、ゴールのイメージがあったんですね。(P.50より)
というのが水越さんの中にはあったそうで、創刊号の発売の日に540冊売れて数こそすくないけれど興味を持つ人がそれなりにいたそうで、1ヶ月もたたないうちに、販売数が1万冊を突破し、売れるということがわかってからは、販売員になりたいというホームレスの人も増えていったそうです。

当初は、売れるはずが無いと言われていたビッグイシューが売れた要因と思われる箇所をちょっと引用すると
他のメディアでは見過ごされがちな問題への情報提供メディアとして一定の評価を受け、期待もされているようだ。これらは、編集部が意図している、若者に向けた「社会問題」や「エッジ」といった「ビッグイシューらしさ」が少なからず受け入れられている、と見ることができる。(P.175より)
という辺りなのかなと思うのと、実際の読者層もやはり20-30代の若者からの意見がおおいそうです(ただ最近は少し読者層に変化が生じているそうですkwど)

こういったコンテンツ自体の良さもあるのでしょうけど、実際にそれが全てではないようで、購入する人と、販売する人との間でちょっとした触れ合いみたいなものも少なからず要員がありそうで
実際、読者の多くはビッグイシューを購入する際、意中の販売員から買う。(p.207より)
ということで、通勤/通学の途中でちょっとした会話をかわす程度のコミュニケーションをかわすことを人が求めている証なんでしょうかね。

本書の中心となる部分の販売員と、ビッグイシューの創刊に関わった水越さんや佐野さんといった、販売数の人を支える人との間の関係みたいなものがきちんと書かれているのですが、その部分については、実際に本書を読んでもらった方がよいのかと思ったので、興味ある人はぜひ買ってみてはどうでしょうか。
ビッグイシュー突破する人びと―社会的企業としての挑戦
稗田 和博
大月書店 (2007/06)
売り上げランキング: 138896
おすすめ度の平均: 4.5
4 「雑誌を買う」って商行為は又とないキッカケ
5 世界を変える、路上の社会的企業!
4 大月書店が、企業セクターに期待する、といった本を出版するなんて!!

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by h5y1m141 | 2007-10-21 20:03 | 読書メモ

がんばって、走ってます

a0033832_846044.jpg休日や、会社の出社が遅い日などで、朝の時間に余裕があるときはなるべく走るようにしていて、かなーり朝は寒かったけど、約5kmほどを、基本ウォーキングメインでちょっとランニングという感じで走ってきました。

キョリ測で測ったら走った部分はちょうど2kmほどで、正確な時間じゃないけど、時間にすると約20分くらいだったので、1kmを10分ペースくらいだったのかなぁ。

ペース的にはこれくらいが丁度良く、本当はもう少し走ろうかと思ったけど、右足の腰まわりが今日はちょっと重いというかうまく動かない感じがしていて、ちょっと違和感があったので、折角カラダの使い方をなんとなく覚えて、理想的なフォームが自分なりにつかめてきたかと思ったので、無理に走ってどこかを悪くするのもどうかと思ってその後は少し早歩き気味で、帰ってきました。

このままのペースを維持しつつ、次は3kmを目標に走って、来月に備えようかとおもっています
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by h5y1m141 | 2007-10-17 08:46

現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護

もともと日本は、税や社会保障による所得再分配効果が小さい国だといわれている。OECDが2005年に公表した国際比較で日本は、10等分された所得階層のうち下から3つの階層が再分配後に得た所得のシェアで、先進国19ヶ国中、下から2番目である。(P.189)より
だそうで、不利な人々がいつも不利な状況で固定化されてしまっているのが現状のようなのですが、貧困がいままでずっと存在しつづけてきたのかを長年調査しつづけてきた著者の方による問題提起の本として読みましたが、ちょっと考えさせられます。

■以前から貧困はずっと存在してきた

日本よりも欧米では早くから、新しい形の貧困が見いだされるようになり、
80年代以降明確になったポスト工業化社会とかグローバリゼーションといわれる新しい社会経済体制への移行の過程で顕著になったといわれている。(P.22より)
という記述がり、こういった新しい産業社会では専門性をもった人々(金融とか情報サービス産業が代表例)とそれほどの専門性を持たなくても就業可能なサービス労働者(マクドナルド・プロレタリアートと呼ばれるようなものらしい)に二極化しつつあるそうですが、日本でも最近色々な所で貧困のことがとりあげられるようになったけど、以前から貧困は存在しつづけてきたそうです。

ただここでちょっと厄介なのが、”貧困”をそもそもどのように定義するのかが実はかなり難しいみたいです。

というのも、生きていくのに最低必要な費用という定義の取り方が人によって意見がわかれるようで本書でもそのうちのいくつかの例が出ていて、たとえば食費と生活費だけを”生きていくのに最低必要な費用”というとりかたをしたり、たとえば来客があったら最低限のもてなしができるというような社会との接点をもつために必要な費用も含めて、”生きていくのに最低必要な費用”という取り方をする場合もあるそうで、このあたりの見解の相違が生じる分、どうしても貧困に苦しんでいる人がどの程度いるのかを計測するのが困難になっているみたいです。

■路上生活者はある年齢層の方が多い

路上生活者として定義される日本のホームレスの最も大きな特徴は、中高年男性に集中しているそうで、5割ちかくが50歳代で、60歳代も3割前後となっているそうですが、年齢的な偏りという部分だけではなく、学歴や結婚歴という部分にも偏りがあるそうで、6割近くが義務教育までの学齢期程度で、未婚率も高いそうです。またこうした特徴はホームレスが増えだした90年代前半から今に至るまであまり変化がないようなので、一定の年代でこのような状況に陥りやすい状況があるみたいです。

90年代から今に至るまで一定の年齢層に見られるというのは景気動向だけでは説明がつかないはずだから何かしらの要因がありそうで、そのあたりについての考察もあり、ホームレスの中でいくつかの特徴があるそうで、以下のように3つに分類されていました。

1.長期で安定した職に就いていて社会保険にも加入していて一般の住宅に住んでいた人々
2.長期の安定した仕事ではあるが、職場が提供する場所に住んでいる人々
3.長期にわたり不安定な職業を転々とし住宅も不安定だった人々

本書を読んでいて、もう一段高い部分で見た時に上記3つに共通するのが、社会との接点を失った時点でホームレスに陥りやすいように感じました。

1.については一見するとあまりそのような状況に陥ることが難しいように感じますが、例えば会社の倒産などで失業しそれが原因で収入が不安定になるとか生活が乱れるなどして生活がだんだんと苦しくなっていき、離婚して家族を失ってしまうという状況からだんだんと社会的に孤立していると感じるようになってということのようですし、2.もたしかに住居はあるけれど、それは職場が提供するものであるため、職を仮に失ったとするとその時点で住居を失うという状況に陥るわけで、そうなった時点でかなり危険な状況なのかと思います。

この本を読みかけている途中で図書館でたまたまビッグイシュー突破する人びと―社会的企業としての挑戦という本を見つけたので、関連する内容だったのでこれも最近読み終えたので、ビッグイシューの方もちかいうちに簡単に内容まとめようかと思います

現代の貧困―ワーキングプア/ホームレス/生活保護 (ちくま新書 (659))
岩田 正美
筑摩書房 (2007/05)
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by h5y1m141 | 2007-10-14 15:14 | 読書メモ

フェルマーの最終定理

会社のブログでも触れたのですが、フェルマーの最終定理を今日やっと読み終えたのですが、小難しい分野の本を
専門的な数学を事細かに説明せずとも、数学上の業績の偉大さをこれだけ説得力をもって訴えうるというのは、たいへんな力量である。フェルマー関係の本や数多く刊行されているけれども、”フェルマーの最終定理”の証明が数学全体にとってどういう意味をもつのかをドラマティックにわかりやすく描いているという点で、本書の面白さは群を抜いている。(あとがきより)
という言葉通りだと思います

暗号解読を読み終えたときも感じたのですが、著者のサイモン・シンのすごい所が、専門家にとっては当然理解がしやすいけど素人にはなかなかそう簡単には理解しづらい領域のことについてわかりやすく説明がされているだけではなく、それをとりまく人間の葛藤とかという部分について丁寧な描写がされているという点がすごいなぁーって素直に思える

次はビッグバン宇宙論 読む予定です
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by h5y1m141 | 2007-10-12 22:50

テレビはインターネットがなぜ嫌いなのか

今週の連休中に2冊ほど本を読み終えて、うち1冊は以前から読みたかったテレビはインターネットがなぜ嫌いなのかを読み終えました。

インターネットの台頭で、テレビはもうダメなのかなぁと個人的に感じている所もあったのですが、実際の所はどうなのという疑問について、この本はある程度参考になるように思います。

本書でのテレビという定義は、民放のテレビ局という位置づけになっており、その民放のテレビ局を中心にすえつつ以下のような構図について、丁寧に書かれています。

vs インターネット関連企業
優良なコンテンツを確保したいインターネット関連企業に対して、系列を通じてとっても儲かる仕組み(*1)があるのに、著作権処理などのわずらわしい作業をしてまでわざわざ儲かる可能性の低いインターネット関連企業にコンテンツを提供する意味が見いだせない民放

vs 通信業界
客寄せパンダ的に地上波のコンテンツを使って、それをベースにMTVやCNNなどの有料チャンネルにも契約してもらいたい通信業界と、有料チャンネルのようなものが普及することで、地上波コンテンツ自体の視聴率が下がることで、自分たちのビジネスの根底となっている視聴率の価値が下がることを危惧する民放

vs NHK
従来のような新規契約の伸びが期待できず新しい次のメディアに打って出たいNHKに対して、NHKの事業規模が大きくなりすぎて、共存関係が崩れることを危惧する民放

vs 制作会社
自分たちが作ったコンテンツをもっと様々なメディアを通じてビジネスチャンスを拡大したいと考える制作会社に対して、利権にからむところをきっちりと抑えておきテレビ局としての力をきちんと見せつけることで、アメリカで起こったようなこと(*2)にならないように考えている民放

民放テレビ局としては、今まで自分たちで作り上げてきたビジネスモデルがあって、それがあるからこそ、今のような大規模なメディア産業として成長できたのかと思うのですが、上記のようないくつかの対立軸がでてきたことで、そのビジネスモデルにちょっとした変化が生じてきて、それがそれぞれの対立軸で見かけられるようになったのかと思い、これが

「テレビってもうダメなんじゃないの」

という要因になっているようにも感じました。

最後の締めくくりという感じで
政府の打ち出した政策をよく読むと、テレビ用に割り当てられた電波が余ったら、通信サービスに使っていいと書いてある。
〜中略〜
テレビ局は結構たくさん電波を割り当てられているので、使いようによっては、ものすごい収入が得られるようになります。通信と放送の融合は、テレビ局にとって、むちゃくちゃおいしいんです。(P.199より)
という記述があったのですが、実際の所、テレビがダメになるかどうかは、郵政省出身の中村伊知哉さんという方の提言にもあったのですが、すべてはテレビ局がこういうことに気づいて、次の手を打てるかどうかというのにかかっているみたいですね。

(*1)キー局は、全国向けに認知度をアップしたいと考えている大手企業からスポットCMというものを提供して、その見返りに莫大なスポンサー料をもらって潤沢な制作費が得られてつくったコンテンツは地方局を通じて放送されて、その後過去に放送したコンテンツについても、地方局に比較的安く売ることで、細作費をじっくりと回収していく。
地方局も最初にコンテンツを流す時点でキー局から「電波料」という名義で番組を流した対価としてかなりの収入があるそうなのと、昔に放映したコンテンツについても、自分たちで新しく番組制作する費用を考えると、キー局から提供されるコンテンツの方が安いということもあるのでそれに乗っかっていた方が楽なこともあってこういう図式が成り立つ

(*2)アメリカの場合に制作会社に相当するのがハリウッドのようで、そこでは制作した番組をテレビ放送後に、海外に輸出したりDVD化したりなどという多様なチャネルを活用して莫大な収入を得て規模が大きくなり、結果として1990年代に入ってディズニーがABCを買収したように制作会社の方が優位になる状況になった。
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by h5y1m141 | 2007-10-08 11:16

最近ちょっとづつ走るようになりました。

a0033832_21491857.jpg来月に光が丘ロードレースというのがあって、とりあえず5kmのやつで、うちの奥さんの誘いもあってエントリしていたので、元々毎日ちょっとづつ歩いていたのですが、最近はお休みの日にちょっとだけ近所の公園で歩いた後にちょっと走るようにしています。

今日の朝も天気がよかったこともあったので、公園をグルッと歩き&走ってきたのですがさっきキョリ測ではかったら、歩いた分で3kmで、走った分で1.8kmなので約5kmあったことにさっき気づいた。

ただ、これを全部走るのは今時点でちょっと想像がつかないので、果たして5kmも走れるかなぁ...
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by h5y1m141 | 2007-10-07 21:57

食糧争奪

a0033832_2119833.jpgつい最近、食品の値上げがニュースに取り上げられて、スナック菓子やカップ麺のようなものが軒並み値上げになっていると思いますがニュースの報道だと、ヘッジファンドによる投機的な資金流入で商品市況の高騰を促しているというようなこを聞いていて、以前資源インフレという本を読んでからそういう報道ってほんとうに正しいのかなぁと思って、資源インフレ―日本を襲う経済リスクの正体を書いた著者の柴田明夫さんが書かれた食糧争奪を、やっと読み終えました。

トウモロコシ、小麦、米、大豆、麦というような作物は、基本的には各国で栽培されて、自国で消費できずに余ったものが、市場に出回るという構図になっているそうで、世界的な不作時に貿易量の安定を維持しようとすると、その価格は、大きく乱高下するそうです。

これに付け加えると、穀物の輸入国と輸出国のそれぞれの顔ぶれが基本的に限られているそうで

前者:アメリカ、カナダ、オーストラリア、南米、中国
後者:日本、韓国、台湾

となっているそうですが、インドのような新興国の出現で輸入国としてのプレーヤーが増えたのと、元々輸出国だった中国が、輸入国側のプレーヤーになったために、元々限られたメンバー同士で穀物の輸出入が行われていた上記の構図が崩れつつあり、しかも輸出国側で、天候不順などで不作になってしまうことで、さらなる打撃をうけることになるみたいです。

この本を読んでふと思ったのですが、今回の日本での食品の値上げについても、少し前に生じたオーストラリアでの大干ばつで小麦市場にかなりの影響を及ぼしていて、今までも過去の在庫を切り崩してしのいできたが、それを上回る需要の増加によって、小麦価格が上がったのかなぁと感じました。

ただ、それ以上に大きな要因となりそうなのが本書の「はじめに」で触れられていた、食糧を取り巻く色々な争奪戦の影響かと思います。

食糧は毎年、水、土壌、太陽エネルギーといったものにより毎年再生可能だったものが、水についても、新興国の工業化が進んでいることにより、農業利用vs工業利用で水の奪い合いという自体を招いていたり、原油価格の高騰で、トウモロコシをつかったエタノール燃料の需要が増加しつつあり、結果、一部穀物が食糧利用vs(原油の代替としての)燃料利用という構図も生まれたりして、再生可能な資源という位置づけがあやうい状況になっているみたいです。

日本は元々資源が豊かではない国なので、化石燃料のような資源だけではなく、食糧資源についてもきちんと考えないといけない状況に実は来ているのでしょうかね。
食糧争奪―日本の食が世界から取り残される日
柴田 明夫
日本経済新聞出版社 (2007/07)
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おすすめ度の平均: 4.0
3 絶望的だが何かしなければ…
4 交差しつつある資源問題―エネルギーと食糧
5 バランスよい問題提起本

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by h5y1m141 | 2007-10-02 21:19

Linuxとはそもそも何なのかちょっと考えてみました

kojima さんからもらったコメントの

> リナックスについてwidipegia見たけど、
> なんのことか解らなかった。

ですが、折角なので、ちょっと自分なりにこのLinuxっていうのを説明してみようと思ったのですが、割と一般的に目にするものを例にだしつつ、理解を優先するために多少正確性を欠く所はでそうだけど、まぁ来月に向けての予行演習ということで、ちょっとチャレンジ!

Linuxというのは、OSというものの1つなのですが、そもそもOSを理解するのが一番やっかいなので、これを理解するのに、ちょっと乗り物を運転する時の免許に例えてみようかと思います。

例えば車という乗り物があって、これを運転する際には、車用の免許があれば、日本車でもアメ車でも普通は運転できますよね。

この免許が例えば小型船舶の免許だと、まぁ当然ながら車の操作方法が変わるわけなので、当然その免許では車の操作はできないので、当然運転は出来ないですよね。

○ 自動車免許 ---- 日本の車
○ 自動車免許 ---- アメリカの車
× 小型船舶免許 ---- 日本の車

これっていうのも、車の基本的な構造はある一定の規格に沿って作られているからその規格にそった運転方法を学べばOKだけど、船と車では当然構造が異なるから、また別の運転方法を学ばないといけないわけなので、別の免許が必要になると思います。

とはいえ、普通の人が運転する乗り物っていうのは、車が多いと思うから、車の免許をとっておけば、日常生活を営む上では役に立つから最初にこの免許を取ると思うのですが、車の”免許”に相当するのが、パソコンの世界におけるWIndowsで、Windowsの使い方を学んでおけば基本的な”運転”は出来るわけなんです。

そうすると、なんでLinuxっていうのが出てきたのかっていうと、パソコンでも使うことができるし、家庭で利用されているブロードバンドルーターっていうのにも、実はLinuxが使われていることが多く、それ以外にもハードディスクレコーダーやら、一部の携帯電話など、実は幅広く使われるようになっているので、この”免許”について習得しておくと、この先いいことが起こりますよね。

Linuxの”免許”習得の難点は、色々手作業で設定をしないと、とっても使い勝手が悪く、機械自体についても広くしっていないといけないところだけど、そういうのがわかってくると、自分で色々といじることができるので、なんだか昔のクルマのような所があるかなぁと思っているので、そういうのが好きな人にはたまらないモノだと思います。

ここまで書いといて、いまさらなんだけど、この免許に例えるというのは、人の受け売りなのですが、具体的な例の話については、さっき自分で考えたので、来月こんな感じでちょっとしゃべろうかなぁ
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by h5y1m141 | 2007-10-01 23:42