うわべだけの知識にならないためにも

ちょっと別のブログのほうと全く同じ内容になるけど、結構苦労して考えたことなので、こっちにもとりあえずポスト。

プログラミングを独習するには10年かかる というページに

「3日で学ぶ Pascal」といったタイトルが意味するところを分析してみると:
* 学ぶ:3日間では、意味のあるプログラムをいくつも書いたり、その過程での成功や失敗から学ぶ時間などありはしない。経験を積んだプログラマーと一緒に作業を行い、そうした環境のなかでの生活がどういうものなのかを理解する間もない。早い話、大したことを学ぶ時間がないということだ。よってそうした書籍は、うわべだけ精通することについて説くばかりで、深い理解にはつながらない。


という記述がありました。

よく書店で平積みになっているような「できる ○○○」「xx時間で理解する○○○」みたいな本は最初の取っ掛かりをつかむ上では良いと思いますし、実際私も、今まで自分が知らなかった領域のことについて、勉強したいなぁという時は、こういうもののお世話になります。

だからといってこの類の本ばっかり読んでいても、なかなか本質的な理解にまで至ることは少なくって、起用貧乏というか、あまり応用が効かないような感じになってしまうんではないかとなんとなく感じていたのですが、ちょうど昨日、海馬っていう本を読み終えて、なんとなくですが、自分の感じていたことはそれほど間違っていないんじゃないかなぁと思えてきました。

本によると、記憶力には意味記憶と方法記憶という2種類あって、意味記憶は単なる暗記的なものに対して、方法記憶は自分で試したことを理解することで得られるものだそうです。この方法記憶については、何かのやり方についての手順について理解するということだそうなのと、ありがたいことに歳をとっても忘れることはないそうです。

おまけに何かの事柄について本質的なところが理解できると、それをベースにして、違ったジャンルの事柄について取り組むときの学習がかなり効果的だそうです。

そう考えると、例えばプロスポーツ選手が、自分の競技とは関係ないものに取り組んだとしても、飲み込みが早いとかっていうのは、自分の中の方法記憶がベースにあるから飲み込みが早いのかもしれません。

「運動神経が良いからじゃないの」

っていうツッコミもあるとは思いますが、筋肉を動かす際は、脳からの命令があると思うのと、その筋肉の動かし方についての方法記憶が、プロスポーツ選手は色々な引出しがあるから、飲み込みが早いのではないかなぁと。


そのため、ある事柄に関して、なんとなく理解したような状態に留めるのではなく、他の視点からも理解するような意識を心がけることで、自分の脳に対して新しい刺激 を与えつづけることで、自分の生活が豊かなものになるのではないでしょうか?
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by h5y1m141 | 2006-06-01 09:07
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